業界:大学(理化学業界)
千葉大学大学院理学研究院助教清水 信宏様
シリコン樹脂用の型の課題であった、液漏れ・剥がしにくさ・型の劣化・鏡面仕上げという問題を全て解決。真空成型で量産化とプロジェクトの作業効率UP
宇宙から地球に飛来する素粒子「ニュートリノ」を観測する「アイスキューブ(IceCube)実験」は、米ウィスコンシン大学を中心とする国際チームプロジェクト。研究は南極点直下(アムンゼン・スコット基地)の氷中で行われており、日本からは千葉大学が参加しています。今回ご依頼いただいたニュートリノ天文学の研究者である清水先生は、実験を行うための新型検出機開発に携わっており、従来よりも高い性能を実現するために、特殊なパーツを必要としていました。
それは耐圧ガラス内部に光のセンサーを固定する、透過度と密着度の高いゲルパッド(シリコン樹脂)用の型です。
手作りからの試行錯誤の末、吾嬬製作所にお声がかかることとなりました。
課題解決までの歩みをお届けします。
千葉大学院理学研究院助教清水 信宏様からひとこと
連絡してからすぐに大学に来てくださり、研究の目的と、当時直面していた課題をいち早く理解していただけたことが印象に残っています。お話しを持っていたときは、検出器の組み立てと真空成型による型作りを並行して行っていたのですが、結果的に素早く試作品を提供できるフットワークの軽さには非常に助けられました。試作が終わった後も、積極的に協力をしていただき、おかげさまで無事に量産化をすることができました。私たちのニーズを柔軟に受け入れていただき、大変感謝しています
松村社長からひとこと
私たちは、お客様のもとへ直接お伺いし、必要とされている成型品のご要望だけでなく、ご使用環境や背景まで知りつくすことが大事だと考えています。今回のプロジェクトにおいては、弊社の製品を完璧に仕上げることだけがゴールではありませんでした。耐圧ガラスや他のパーツを含め、複合的に組み合わせることが最終目的だったからです。私たちの真空成型品でプロジェクトの歩みを止めるわけにはいきません。スピードと精度、コストとのバランスを考えながら最適なご提案ができたのではと自負しております。微力ながら、このように壮大なご研究の末端に携われたことを社員一同、誇りに思っております。
課題解決のポイント
- 実際に行って会って話し、作りたいもののバックグラウンドを丁寧に聞くことで、必要としているものをしっかりと知ることができた。
- プロトタイプの製作から量産まで、その都度改良点を話し合い、のべ4種のプロトタイプを作成したことで、最終段階までの実証をスムーズに行えた。この流れは、型にリムと注ぎ口を作るというアイデアの実現に大きく貢献した。
- 試作段階では製作費用が安く扱いやすいケミカルウッドの型を使用した。これは様々な観点からトライアンドエラーを繰り返す必要があると予測し、費用と時間をかけずに予期せぬ問題を洗い出すため。その後、量産用として金型を製作。結果的に、様々な面でコストダウンが図れた。
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シリコン樹脂注入を想定した真空成型品は、実は吾嬬製作所初の試み。樹脂を型から剥がしやすくするために、よくしなり、難接着性を持つポリプロピレンを使用した。
ニュートリノの反応によって作られる光子を効率よく観測するために、耐圧ガラスからセンサーまでの透過性が重要であり、そのため型を鏡面仕上げにすることも大切なポイントだった。
ご依頼の背景
千葉大学様では、南極点におけるニュートリノ観測プロジェクト、「アイスキューブ(IceCube)実験」に取り組んでおり、南極点の氷中深くに埋める最新型の検出機を開発しています。
卵型の耐圧ガラス内部に見える計18個の金色の部分が、ニュートリノの反応によって作られる光を検出するセンサーです。これらを内部に固定するゲルパッドを成型するための型をご要望されていました。
開発当初は清水先生が切削(加工)で製作したプラスチック型に、シリコン樹脂を流し込むことでゲルパッド製作に挑んだそうなのですが、表面張力が低いシリコン樹脂の性質上、切削型の隙間から樹脂が漏れ出てきやすいうえに、シリコン樹脂自体が接着性を持つため、硬化後は型から非常に外しにくいという難点があり、作業性が非常に悪かったと言います。しかも、使っているうちにどんどん型にべたつきが出てきてしまい、ひたすらキムワイプでこそげ落としながら使うという状態になってしまったそうです。
また、切削型ではそもそも、樹脂表面が滑らかになりません。鏡面仕上げにしないと、光が散乱し、効率的にとらえることができません。さらに切削型は非常にコストがかかってしまいます。
あまりの手間に「何か他に手はないか」と思いあぐね、真空成型に行き着いて吾嬬製作所のHPを発見、連絡してくださいました。
お客様の課題
シリコン樹脂用の型を、型から取り外しやすく、使い捨てで使用でき、量産しやすい真空成型で作りたい。
さらに、型の面はつるつる(鏡面仕上げ)で、しかも難接着性を示す素材で実現したい。それだけでなく、加工精度もあまり妥協したくない。
現場(工場)の課題
真空成型は吾嬬製作所のフィールドだという認識があり、お客様自身が抱えている問題を我々が解決できるという自信があったが、シリコン樹脂用の真空成型の型は実は初めての試みだった。
弊社HPの内容、そしてTOPページのサムズアップ写真に好感を抱いていただいた
清水先生:連絡してすぐ、松村社長自身が大学まで来てくださいました。
大学までは結構遠いこともあり、そのフットワークの軽さに好感を持つとともに、出会った瞬間『あ、HPの人だ!』とすぐわかるのもよかった。実は真空成型で検索し、何社か検討していたときに、吾嬬製作所さんのTOPページのサムズアップ写真がとても印象的だったんです。
こちらから連絡しても、大学まで来てくれる人は実はそんなに多くはありません。メールやデータなどのやり取りで終わってしまうことの方が多いんです。
しかし吾嬬製作所さんは、私たちがどういう研究を行っており、どういうものが作りたいのかを、実際に会ってしっかりと聞き取ってくれた。
その後も綿密な打ち合わせを行い、プロトタイプ製作も丁寧で、そのたびにまた密な打ち合わせを行い、そしてそこから新たなアイデアが出てきた部分もあります。
具体的には、型にリムを作ったり注ぎ口を作るというアイデアは、プロトタイプがあってこそでした。
製作ストレスがなくなり、作業効率大幅UP
清水先生:検出器のセンサーは、ニュートリノの反応によって作られる光をできるだけ多く検出するという目的があり、そのためにガラスからセンサーまでを透過性をもってぴったりと収める必要があり、それにはシリコン樹脂が適していました。
今回、薄手で都度使い切りの真空成型でシリコン樹脂用の型を作りたいと吾嬬製作所にご相談したことによって、液漏れ・型からの剥がしにくさという問題が解決、さらに使い捨てタイプなため、型の劣化問題も解決。
シリコン樹脂用の真空成型は初とのことでしたが、型からの剥がしやすさを重視して、ポリプロピレンという比較的扱いの難しい原料を使って見事に対処してくれました。ポリプロピレンは収縮しやすく成型しにくい素材なのだそうですが、吾嬬さんの技術で収縮率を適切に管理することで細かい成型が可能とのこと。
何より、量産しやすい型ができたことで、検出器の組み立てがスムーズに行えるようになり、作業効率が大きく向上したのが本当に嬉しい。頼んでよかったし、大満足です。
お客様データ
千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター/ニュートリノ天文学部門
IceCube実験は、南極点直下の氷中1,450 mから2,450 mの深さに5,160
個の光検出器を埋め込み、宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測する国際共同プロジェクト。千葉大学のハドロン宇宙国際研究センター/ニュートリノ天文学部門は、その最初期からこの実験に参加している。
千葉大学チームは、これまで発見された代表的なニュートリノ事象や、ニュートリノ起源の同定といった成果にも、主要チームとして貢献している。
清水信宏先生のプロフィール:千葉大学ハドロン国際宇宙センターに所属する助教。学位は博士(理学)。ニュートリノ天文学・素粒子物理学を専門分野とし、ニュートリノ天文学・高エネルギーニュートリノを用いた新物理探索や、それらに関連する検出器開発を行っている。2023年12月、その優れた研究業績により、第18回日本物理学会若手奨励賞を受賞。
カリーム・ファラグ先生のプロフィール:イギリスの大学でアイスキューブ(IceCube)実験に携わり、2022年より千葉大学で活躍するポストドクター。